製造販売禁止等請求事件(平成18(受)1772号)の概説

事件の概要

 本事件は、特104条の3第1項に基づく無効主張を採用して特許権侵害の損害賠償等の請求を棄却すべきものとする控訴審判決がされた後に、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正審決が確定した場合、同審決が確定したことを理由に民訴338条1項8号の再審事由が存するとして控訴審の判断を争うことは、特104条の3の規定の趣旨に照らし許されないとされた事件です。
 ※詳細は判例検索システムで判決文を検索して下さい。


本事件の経緯(概要)

 @原告(特許権者)は、ナイフの加工装置に係る自己の特許権を、被告(侵害者)が侵害しているとして、損害賠償請求訴訟を提起した。被告は、第1審(大阪地裁)において原告特許の無効を主張し、第1審判決は、被告の無効主張を採用して原告の請求を棄却した(その後、特許法が改正されたため、特104条の3の規定が適用されるようになった)。
 A原告は、第1審判決に対して控訴を提起し、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正審判の請求をしたが、これを取り下げ、再度訂正審判請求をした。
 B再度の訂正審判請求について請求は成り立たない旨の審決がされ、原告は、同請求を取り下げた。
 C原審は口頭弁論を終結したが、原告は3度目の訂正審判請求をした。
 D原審は、第1審判決と同じく被告の無効主張を採用して原告の控訴を棄却した。
 E原告は、上告及び上告受理の申立てをしたが、その後3度目の訂正審判請求を取り下げて4度目の訂正審判請求をし、さらに4度目の訂正審判請求を取り下げて5度目の訂正審判請求をし、訂正をすべき旨の審決が確定した。
 F原告は、上告受理申立て理由書の提出期間内に訂正審決が確定し、特許請求の範囲が減縮されたので、原判決の基礎となった行政処分が後の行政処分により変更されたものとして、民訴338条1項8号に規定する再審事由があるといえるから、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある(民訴325条2項)と主張した。


[前提] キルビー事件

 最高裁は、キルビー事件(平成10(オ)364号)において、特許の無効審決が確定する前であっても、当該特許に無効理由が存在することが明らかであると認められる場合、その特許権に基づく権利行使は、特段の事情がない限り権利の濫用に当たり許されないと判示した。なお、平成16年改正により、現在では、特許が特許無効審判により無効にされるべきものと侵害訴訟において認められるときは、当該訴訟における特許権の行使が許されない(特104条の3第1項)。


本事件の要旨

 原審(大阪高裁)は、訂正前の特許請求の範囲の記載に基づいて無効理由が存在する旨の判断をし、原告の請求を棄却したものである。そして、原判決においては、訂正後の特許請求の範囲を前提とする無効理由の存否について具体的に検討されていない。ここで、訂正審決の確定により、訂正後の特許請求の範囲により特許査定がされたものとみなされるところ(特128条)、これにより無効理由が解消されている可能性があり、被告製品が訂正後の特許請求の範囲の技術的範囲に属するときは、原告の請求を容れることができるものと考えられる。そうすると、本件については、民訴338条1項8号所定の再審事由が存するものと解される余地がある。

 しかし、仮に再審事由が存するとしても、原告が訂正審決が確定したことを理由に原審の判断を争うことは、原告と被告との間の特許権侵害訴訟の解決を不当に遅延させるものであり、特104条の3の規定の趣旨に照らして許されない。つまり、特104条の3第1項の規定により、特許権侵害訴訟において、無効審判手続を要さずに特許無効を主張できるのは、侵害に係る紛争を特許権侵害訴訟の手続内で迅速に解決するためと解される。そして、特104条の3第2項の規定が、審理を不当に遅延させる場合に却下できるとしているのは、無効主張について審理・判断することによる訴訟遅延を防ぐためであると解される。

 このような特104条の3の規定の趣旨に照らすと、無効主張を否定又は覆す主張(対抗主張)も却下の対象となり、訂正を理由とする無効主張に対する対抗主張も、審理を不当に遅延させることを目的として提出されたものと認められれば、却下されることになるというべきである。

 原告は、第1審で無効主張に対して対抗主張を提出でき、少なくとも第1審判決によって無効主張が採用された後の原審の審理においては、早期に対抗主張を提出すべきであったと解される。そして、訂正審決の内容や原告が原審の審理期間中に2度にわたって訂正審判請求と取下げを繰り返したことに鑑みると、対抗主張を原審の口頭弁論終結前に提出しなかったことを正当化する理由はない。従って、原告が訂正審決が確定したことを理由に原審の判断を争うことは、原審の審理中にそれも早期に提出すべきであった対抗主張を原判決言渡し後に提出するに等しく、特許権の侵害に係る紛争の解決を不当に遅延させるものといわざるを得ず、特104条の3の規定の趣旨に照らしてこれを許すことはできない。


私見

 H16年法改正で導入された特104条の3に関する、実務上は非常に重要な判例です。また、反対意見もあることから(詳細は、判決文を直接ご確認下さい)、今後議論されていくことになると思われます。

 しかし、論文試験で直接この事例が問われる可能性は低いと思います。というのも、この事例は、
 @訂正前の特許請求の範囲の記載に基づいて無効理由が存在する旨の判断がされた。
 Aその後、訂正を認める旨の審決が確定したため、原則としては再審事由が存在する。
 Bしかし、再審事由が存在するとしても、その対抗主張が特許権侵害訴訟の解決を不当に遅延させるものである場合(例えば、訂正審判を複数回請求した場合等)は、特104条の3の規定の趣旨に照らして許されない。
 Cなぜなら、特104条の3第2項の規定が、審理を不当に遅延させる場合に却下できるとしているのは、無効主張について審理・判断することによる訴訟遅延を防ぐためであり、
 Dこのような特104条の3の規定の趣旨に照らすと、無効主張を否定又は覆す主張(対抗主張)も、審理を不当に遅延させることを目的として提出されたものと認められれば却下されるからである。
という流れで導かれたものであり、「特許権者による審理の不当な遅延」がなければ結論が導かれないからです。

 これを事例問題にあてはめると、受験生に特許権者の行為が「審理の不当な遅延」にあたるかどうか? という高度な判断を要求することになるので、個人的には問題を出し辛い気がします。
 
 但し、短答試験で問われる可能性は十分にありますので、「無効主張を否定又は覆す主張(対抗主張)も、審理を不当に遅延させることを目的として提出されたものと認められれば却下される」という特104条の3の解釈については、覚えておきましょう。

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