補償金請求事件(平成16(受)781号)の概説
事件の概要
本事件は、いわゆる職務発明において、発明者(従業者等)が外国の特許を受ける権利を使用者等に譲渡した場合の、対価に関して特許法35条3項及び4項が適用されるか否かが争われた事例です。※詳細は判例検索システムで判決文を検索して下さい。
本事件では、職務発明に係る外国の特許を受ける権利の譲渡対価について、35条3項及び4項(現法の同3〜5項)が類推適用されると判断された点が重要です。なお、本判決は平成16年法改正前の特許法第35条に基づくものでありますが、現法でも大きな差は生じないと思われますので、以下現法に置き換えて考察を行います。
[前提] 職務発明の譲渡対価とは?
職務発明とは、発明の性質上、使用者の業務範囲に属し、かつ、その発明をするに至つた行為がその使用者における従業者の現在又は過去の職務に属する発明のことをいいます(特許法第35条1項)。そして、使用者は、職務発明に係る特許権について法定通常実施権を有します(同1項)。さらに、職務発明については、あらかじめ使用者に特許を受ける権利若しくは特許権を承継させる、又は、使用者のため専用実施権を設定することを定めること、いわゆる予約承継ができます(同2項反対解釈)。
そして、従業者は、いわゆる予約承継をしたときに、相当の対価の支払を受ける権利を有します(同3項)。 これが、職務発明の譲渡対価といわれるものです。
なお、現法では、対価について定める場合、使用者と従業者との間における、協議の状況、基準の開示の状況、対価算定における意見聴取の状況等を考慮されることとされています(同4項)。また、対価についての定めがない場合又はその定めたところによる対価が不合理な場合には、対価の額は、使用者が受けるべき利益の額、使用者が行う負担、貢献及び従業者の処遇その他の事情を考慮される旨が規定されています(同5項)。
補償金請求事件の要点
使用者が従業者から、外国の特許を受ける権利を含む特許を受ける権利を譲り受けた場合、外国の権利に対して特許法第35条が適用されるか否かが問題となります。
※ 外国の権利を含むため、検討の前提として、準拠法を決定する(日本法を適用するのか、外国法を適用するのかを決定する)必要があります。しかし、準拠法決定についての考察は弁理士試験では問われないと思いますので(選択科目を除く)、省略します。なお、本事件では、使用者と従業者との間に、準拠法を日本法とする黙示の合意が存在すると認定しています。
最高裁はまず、特許法35条1項及び2項にいう「特許を受ける権利」が日本の特許を受ける権利を指すものと解される一方、同3〜5項にいう「特許を受ける権利」についてのみ外国の特許を受ける権利が含まれると解することは、文理上困難であり、直接適用はできないと認定しました。
また、最高裁は、同3〜5項は、職務発明をした従業者と使用者とが対等の立場で取引をすることが困難であることをかんがみた規定であるとしています。さらに、使用者が職務発明の実施を独占することによって得られると客観的に見込まれる利益のうち、同4〜5項所定の基準に従って定められる一定範囲の金額については、これを従業者が確保できるようにする規定であるとしています。そして、その趣旨は、従業者を保護し、もって発明を奨励し、産業の発展に寄与することであるとしています。
その上で、以下のように認定しています。
@ 両当事者が対等の立場で取引をすることが困難であることは、外国の特許を受ける権利である場合も異ならない。
A (特許を受ける権利は、各国ごとに別個の権利であるが)基礎となる発明は、共通する一つの技術的創作である。
B 職務発明については、基礎となる雇用関係も同一であって、これに係る各国の特許を受ける権利は、社会的事実としては、実質的に1個と評価される同一の発明から生じる。
C 職務発明をした従業者から使用者へ特許を受ける権利を承継する際は、日本での特許を受ける権利と共に外国の特許を受ける権利が包括的に承継されることも多い。そして、当該発明
については、従業者と使用者との間の当該発明に関する法律関係を一元的に処理しようというのが、当事者の通常の意思である。
これらの点を理由として、最高裁は、特許法35条3〜5項の規定については、外国の特許を受ける権利にも類推適用されるとしました。つまり、 従業者は、外国の特許を受ける権利の譲渡についても、同3〜5項で定める基準に従って相当の対価の支払を請求することができると結論付けています。
私的解説
特許法第35条は、職務発明をした従業者と使用者とが対等の立場で取引をすることが困難であることを鑑み、(一般的に立場が弱い)従業者を保護することで、もって発明を奨励し、産業の発展に寄与することを目的としています。
ここで、同3〜5項に規定の特許を受ける権利に、外国の特許を受ける権利が含まれると解することは、同2項の記載から文理上困難であり、直接適用はできません。しかし、両当事者が対等の立場で取引をすることが困難であることは、外国の特許を受ける権利である場合も異なりません。また、基礎となる発明は共通する一つの技術的創作であり、職務発明の基礎となる雇用関係も同一であります。さらに、職務発明については、従業者と使用者との間の当該発明に関する法律関係を一元的に処理しようというのが、当事者の通常の意思と解されます。
よって、特許法35条3〜5項の規定については、外国の特許を受ける権利にも類推適用されると解するのが妥当であります。そのため、職務発明をした従業者は、外国の特許を受ける権利の譲渡について、同4〜5項で定める基準に従って相当の対価の支払を請求することができると解されます。
この問題について、特許法第35条を外国の特許を受ける権利にそのまま適用することは、文理上困難であり、地裁判決でも結論が分かれていました。しかし、日本の特許を受ける権利の譲渡に際して、外国の特許を受ける権利を包含させることは、実務上よく行われれていることであります。そのため、特許法第35条を、外国の特許を受ける権利に類推適用させるのは、妥当な解決方法であると思います。
但し、最高裁は、特許を受ける権利が外国においてどのように取り扱われ、どのような効力を有するのかという問題は、特許権についての属地主義の原則に照らし、当該特許を受ける権利に基づいて特許権が登録される国の(つまり外国の)法律が適用されると認定しています。つまり、日本人(法人)が取得した外国の特許権又は特許を受ける権利の効力は、当該外国の法律で規定されます。
とすると、外国において、そもそも特許を受ける権利の使用者への承継が認められていない場合や、使用者が対価無しで取得できると法律で定められている場合に、果たして特許法第35条を適用する余地があるのかは、疑問があります。とはいっても、特許を受ける権利には、どの国へ出願するかを選択する権利や、出願するしないを選択する権利なども含まれると思われます。であれば、これを使用者に譲渡した対価が争われる場合、譲渡契約であると考えて準拠法を認定することは、国際私法上妥当であると思われます。
※ そうではなく、属地主義の下、各国毎の特許法が適用されると解すると、使用者が対価無しで取得できる外国にのみ出願した場合、譲渡後に対価請求権が消滅してしまい、従業者にとって不当な結論となってしまいます。また、国際的特許出願が増加している現在においては、特許を受ける権利の譲渡契約(就業規則)や対価の算出をいたずらに煩雑にするものであります。さらに、出願した時点で対価請求権があるのか無いのか定まるため、対価が発生するか否かが確定せず、法的安定性にも欠けると思われます。
蛇足ですが、最高裁は、従業者が外国の特許を受ける権利の譲渡対価を請求できるか、及び、その対価の額などの問題は、譲渡当事者間における契約その他の債権的法律行為の効力の問題であると解されるから、その準拠法は、第1次的には当事者の意思に従って定められると認定しています。つまり、外国の特許を受ける権利について、どの国の法律を適用するかは、当事者間で定めることができ、本事件のように日本法に基づく譲渡契約(就業規則)に基づき譲渡された場合は、日本法を準拠法とする旨の黙示の合意があるとしています。

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